言葉を大切にする意味とは?自分の心を豊かにするためでもある。

言葉を大切にする意味とは?自分の心を豊かにするためでもある。

私がなぜ、話し方講座を開いているのかというと、これまでにセミナーなどを受けて「話しがわかりにくい」と感じたことがきっかけで話し方を分析したり、文章を書くことが好きでブログをたくさん書いてきた(起業後の宣伝活動もブログでやってきた)というのがあるのですが、このブログでは、もう少し掘り下げてみようと思います。

これを語る前に、まず『HSS型HSP』に触れておきたいと思います。

目次

言葉に敏感に反応してしまう

落ち込む

HSP』というのは、『繊細さん』なんて言葉で世間に知られるようになりました。

人の些細な言葉で深く傷ついたり、共感が激しく、他人の痛みも自分事のように胸に刻まれたり、光や音に敏感…といった感じで、まさに『繊細』なんて言われていますが、これを盾にする人も出てきて、ちょっと良くも悪くも話題になったところがあります。

「私はHSPですと公言したら、周りが気にかけてあげなきゃいけない空気になる」とか、「HSPじゃない人は繊細な心を持っていないと言っているみたいで不快だ」といった声があがりましたし、私も自身でHSPだと認識しながら(元々は人に指摘されたことがきっかけで調べ、認識しました)、それを公言するメリットって別にないと思っています。

坂本

やっぱりこれをわざわざ言っちゃうことで、人に気を遣わせたいのか?って感じがしちゃうんですよね。

このHSPの中に『HSS型HSP』と言われるタイプがあって、繊細な(内にこもる)気質と同時に相反するアクティブな面も持ち合わせて、だからこそその矛盾に苦しむ…という性質で、私はどうやらこちらに該当するようです。(詳しいことを知りたい方は、ネットで検索してみてください。色々な表現で書かれています)

ここでは特定の方に伝えるわけではないので、私はHSPの気(け)がある事を公言して、話しを進めます。

おかしな言葉遣いを敏感にキャッチしてしまうのは、この特性のせいもあるのかもしれないということに気づいたことがありました。

メールである報告をする際に「これでいいのかな?」と確信が持てなかったので、とある人に確認したことがありました。

そしたら「そんなにきっちりやらなくても大丈夫ですよ」と言われて、私はショックを受けてしまったんです。

これでいいなら「それでいいよ」という一言で済むのに、なぜきちんとしようとした姿勢を否定されるのだろうと思ったのです。

ところがこのやりとりを夫に伝えても(助言を求めた人のことも、夫は知っています)、何にショックを受けるのかピンと来ない様子でした。

さすがに私の特性を知ってくれているので、私の言い分も理解してくれましたが、思い返せばこういうことってこれまでに何度もあって、そのたびにいちいち私は傷ついているのです。

傷ついたといっても、これだけのことで先方に対するイメージが変わるとか、数日間落ち込むなんていうことはなく、これは自分の受け止め方の問題だなというのも、頭の隅ではわかっています。

なので、言い方に気をつけてほしい!という主張をここでしたいのではなく、私自身がなぜ言葉にこだわるのかと自分を見直したときに、こういう経験や特性があるからではないかなというのを、振り返りとして書いておこうと思いました。

傷ついてしまうことに目を向けるのではなく、それを生かしていけばいいんですよね。

感性の豊かさにつながる

感情

感性」とは何なのか、確認しておきましょう。

辞書で調べていただければ、色々出てきますが、私は「感性」と「感受性」を比較して書いてあるこちらをご紹介します。

「感受性」が、「物事を情緒的に受け止め、感じるセンス」であるのに対し、「感性」は「物事から感覚的に受け止めたもの(感受したもの)を理性的な思考で昇華し、物事を創り出すセンス」までを含みます。

「感受性」は「感性」よりも情緒的であり、「感性」は知的や理性と結びついたものです。

Precious.jpより一部抜粋

さらに『心の動きを表現する力を含めて、「感性」と呼ぶ』と、この記事には書いてあります。

人は思考すると、ほとんどの場合は感情が伴います。

自分がどう感じるのかを考える機会を与えられないまま、私たちは大人になってきてしまったなと思うのですが、それでも何かを思考すれば、快か不快かを感じることはあるはずです。

坂本

そこに知性が結びつけば、その感覚はより的確に言語化できますし、それを音楽や絵画などで表現する芸術家は「感性が豊か」と言われています。

私たちはせわしない毎日の中で、いつ何を考えて、何を感じているのかを見失いがちですが、それを表現し、他者と共有することで喜び得られるのではないでしょうか。

他者と共有しなくとも、自分の心の中でじっくり味わうことができると心が豊かになりますが、コミュニケーションを図って人間関係を築きながら社会の中で生きていくことを考えると、他者に伝える力は必須です。

喜びだけではありません。

喜怒哀楽すべてを感じ、表現することは大切で、怒りや悲しみは我慢した方がいいとは思いません。

怒りがこみ上げると言うことは、正義感の表れだと思うので、それを相手に伝えることで、もしかしたら誤解が解消されるかもしれませんし、どちらかが謝って、その場は丸く収まるかもしれません。

感情任せに怒りを爆発させるのではなく、知性が結びつくことによって言語化され、意思疎通できるわけです。

何かを感じ取り、表現するためには、絵画や音楽などを活用できる人もいますが、多くの人は言葉の力が必要となります。

言葉を大切にして、その引き出しを増やすことは、感性を豊かにすることにつながるのではないでしょうか。

感性が豊かになるということは、人生そのものが豊かになるのではないかと思っています。

『表現』というと、芸術家が行うことのようにも思えますが、私たちは常に表現をし続けています。

坂本

無意識にも何かを表現しているんですね。

その表現の幅が広がったら、人間関係も人生も豊かになります。

新しい人との出会いということでなくても、誤解がなくなったり、関係性が今より円満になったりしますよね。

まとめ

これまでのブログでは、「話し方を磨くのは相手への配慮です」というスタンスでお伝えしてきましたし、その考えは変わりませんが、言葉を大切にするのは自分自身のためでもあるんだなと改めて思いました。

自分がひっかかった言葉があって、それを別の言い方に変換できるならそうしていきたいし、自分の中にわいた感情をなかったことにせず、周りの人とシェアして、豊かな人間関係を築いていきたいです。

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この記事を書いた人

兵庫県生まれ、大阪在住。話し方&書き方講座やコンサルティング 兼 腸セラピスト養成スクール講師、自身もサロンでセラピストとして活動中。趣味はダンス、マンツーマンでレッスン受けてます。

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